墓地の高台に白虎隊の若者のための慰霊碑が建っている。
遠く西南方向に鶴ヶ城(会津若松城)が見える。
とても小さく、小豆粒に見える程度。
■概要
福島県の飯盛山の中腹に位置する、戊辰戦争(会津戦争)の悲劇の地。
1868年(慶応4年/明治元年)旧暦8月23日、会津藩の少年兵「白虎隊」士中二番隊の隊士たち19名がここで集団自刃した。
■感想
生存者はたった一名。
彼からの聞き取りにより悲劇が明るみに出た。
鶴ヶ城が陥落したと思い違いした悲劇で「捕まるよりマシだ!」と大勢死んでしまった。
勘違いや誤情報(フェイクニュース)は命や社会を壊すのだ。
一瞬の映像・情報で判断せず、複数のソースを確認することの大事さの教訓がある。
情報過多の現代を生きる我々が是非とも訪れておきたい場所である。
飯盛山に自刃の地への案内表示がある。
光と緑に溢れた歩道を抜けると視界が一気に開ける。
山の斜面にはたくさんの墓石。
誤って転げ落ちないよう表記がある。
(情報の扱いを誤ると私たちも転げ落ちてしまう。この墓石の仲間入りだ。いかんいかん)
福島県民がたくさん眠る墓地である。
眼下に広がる街は彼らの故郷だ。
自刃の地には白虎隊の少年を模した像が遠くの鶴ヶ城を観ようと額に手をかざして目を凝らしている。
同じように鶴ヶ城を探してみたが、あまりに小さくてどれがどれやらわかりにくい。
やっと「あれかな?」と見つけてもおぼろげにしか見えない。
当時は火事の煙が目印になって見つけやすかったようだが夜間であることも手伝って不明瞭にしか見えないのは明らかだ。
たった16歳、17歳で自ら命を絶ってしまった。
墓も飯盛山にある。
いかに無念の中で自らに刃を立てたのか壮絶なものがある。
厳かな気持ちで手を合わせ、来世での幸運を願わずにはいられない。