世界文化遺産に登録、越中五箇山菅沼集落に行ってきた。
集落全体が田圃に飲まれてるような農村な雰囲気だった。
美しき庄川、展望台、合掌の里など複数の見どころがある。
■概要
五箇山を代表する集落のひとつ。
合掌造り家屋は9棟。
田圃と家屋の田圃風景があちこちで見られる。
がっつり農業集落という雰囲気。
菅沼集落魅力は庄川の美しさと自然の厳しさを体感できるところではなかろうか。
当時は吊り篭で庄川を渡っていた。
この渡し場が二か所にあるので現地を巡ってみると楽しい。
展望台を通り抜けるときのトンネルは山をくりぬかれて作られている。
大昔は山越えが難しく、吊り篭を積極的に利用していた節がある。
また、近くには「漆谷のアワ」と呼ばれる雪崩災害を記録した慰霊碑もある。
想像もつかない厳しい自然の記録があちこちに残されている。
■感想
●よくあの古い吊り篭に乗る気になったな。落ちたら死ぬ
「あの人、もしかして遭難したんじゃないですかねえ」
場んでっとさんは庄川の上にかかる吊り篭を指さして言った。
「いや、知らない。自分たち今来たばかりだし」
「あ、籠の中に人がいる。なにあれ」
庄川の橋の上から美しい川の流れを眺めていたら気が付いた。
吊り篭が川の三分の一まで進出している。
んんんんんんん?
しかもよく見ると一人乗ってる。
立ち往生してるようで前にも後ろにも進まない。
どうしたんだ。
「あの吊り篭は現役だったんですねえ」
「落ちたら死ぬんじゃない」
「戻れるのかな」
心配で三人はちょっとだけザワザワした。
最終結論、自業自得ということで彼を無視することにした。
いまどき、スマホを持たず冒険する人間はいない。
本気でヤバいと思ったらきっと声を上げるか110番するはずだ。
生きて帰れよ、と軽く願いつつ庄川を後にするのだった。
のちになって判明するが、あの籠に乗ってるのはダミー人形だった。
実際に昔、こういう風にわたったんだよというサンプルなのだ。
私たちは騙されたのだ。
●吊り篭
集落から庄川に橋が架かる前は庄川にロープを渡して吊り篭でぐいぐいと紐を操作して手作業で川を渡っていた。
大変な労力がかかる代物である。
渡し場が庄川の対岸に一か所ずつ、合計二か所にある。
現在は見本として吊り篭が残っている。
またサンプルとして庄川の上にもダミー人形を乗せた吊り篭が展示されている。
「無謀だ」
「きっと外国人だな」
「日本人ならあんなボロい吊り篭に命を預けようとは思わないだろう」
「旅行ハイにしてもほどがある」
そんなことを考えていたが人形だと知れてお恥ずかしい限りである。
高さも深さも庄川から這い上がる距離も、落ちたらまず助からない。
当時の過酷な生活が垣間見える瞬間であった。
●五箇山は加賀藩の流刑地
庄川の橋を渡って大自然の中の菅沼集落を遠景で見てたら別の旅人に尋ねられた。
「処刑小屋はここよりずっと奥ですかね」
処刑小屋。
おそらくは流刑小屋の間違いだろうと思われる。
五箇山は流刑地である。
明治時代までの約200年の間に政治犯などが約150人が送られた。
すぐには殺さず、生殺しで小さな小屋に閉じ込められていたのだ。
中には罪人なのに集落を自由に歩く者もいたというから、扱いはピンキリだったらしい。
言葉や概念が難しいので、処刑と流刑がごっちゃになってるんだろう。
「奥ですねえ。ずっとずっと奥です。徒歩だと難しいです(方角も違う)」と答えておいた。
そんなに嘘はついてない。
●お小夜ちゃん
菅沼集落の近くに「お小夜塚」という女の子を弔った塚がある。
遊郭の違法営業で経営者と一緒に流刑送りにされた元遊女のお小夜ちゃんの塚だ。
彼女は集落内を比較的自由に歩き回れたという。
どういう経緯があったのかは不明だがお小夜ちゃんは妊娠してしまい、将来を悲観して庄川に身を投げてしまう。
五箇山の民謡「お小夜節」に物語は残ってるという。
●菅沼集落は物語のある土地柄だ
菅沼集落から1kmぐらい離れたところにくろば温泉がある。
庄川と続く小原ダム沿いの温泉である。
昔からの言い伝え「温泉が出るやで」という言葉に従って掘削テストしたら本当に温泉が出てきた。
こういった歴史があちこちに残ってる土地柄、菅沼集落。
事前に調べてから行くと、景観の美しさ以上に物語の中を歩いているようで楽しい。