世界遺産の原城跡は、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の要の世界遺産関連施設です。
期待していくと、少しがっかりするかもしれません。
石垣を残す城跡です。天守閣は有りません。
しかし、この原城跡が歴史の大きなターニングポイトの場所になります。
日野江城の支所として作られて原城ですが、新しい藩主の松倉重政が一国一城令の影響もあり、日野江城と原城を放棄して立派な島原城を作ります。
島原城は立派すぎて財政難になった藩は、厳しい年貢の取り立てを行います。
一方では、徳川幕府の禁教令(キリスト教弾圧)が厳しさを増します。
キリスト教弾圧と年貢の厳し取り立てにあった人達が、若干15歳の天草四郎を大将に徳川幕府最大の一揆「島原・天草一揆」を起こします。
一揆の拠点となったのが廃城になっていた原城なのです。原城を築いたのは、キリシタン大名でした。
壮絶な戦いだったといわれています。
天草四郎は、キリスト教を広めたポルトガルに援軍を求めたとされていますが・・・。
幕府は、オランダに援軍を求めています。
原城で斬首となった天草四郎の首は長崎のポルトガル館の前に、さらし首にされたそうです。
「島原・天草一揆」が終息した後、徳川幕府は原城を徹底的に破壊したそうです。そして、約200年に渡ったて海禁令(鎖国)が行われます。
潜伏キリシタンの人々は、キリスト教の指導者がいなくても独自のキリスト教を信じて信仰を続けます。
有明海に面した小高い丘の上にある原城跡で海風に触れながら「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の要の世界遺産原城跡を散策してはどうでしょうか。
原城跡駐車場
原城跡は、史跡の保存・管理上史跡の範囲内には
駐車できません。
・普通乗用車(自動二輪含む):原城温泉真砂建物奥
「大手口駐車場」