Vol.70 【ひらつか七夕まつり】
〇 アクセス・・JR東海道線平塚駅前(東京から約1時間)
〇 平塚七夕まつり・・1951年(S26)から
戦後復興 七夕飾り 人出
74回目 パレード 屋台
■ 平塚の商店街は重箱を持ち寄って四角に並べた碁盤の目の商店街、その間にメインの通りが2本、屋根付きでアーチはないけど立派なアーケード通りに数々の七夕飾りと吹き流し、色は三原色をふんだんに使った公称100本の七夕飾り、今年で74回目、去年の人出は3日間で115万人、多くの人がこの目抜き通りをゾロゾロ大名行列のように練り歩く。
たくさんの屋台が声を枯らしてお客を呼び込み、「あれほしい~」と泣き叫ぶ子供をママが宅急便みたいに小脇に抱え運搬して行く。客層は子供連れヤングファミリーと若者グループ、その他あきらかに女性が多く高齢者は少ない、これは花火大会と共通している客層と言う感じ。
「星に願いを」短冊は通りの片隅で売っていてテーブルとペンまで用意され女の子がマジな顔して願い事を筆圧強く書いている。平塚の七夕は基本七夕飾りがメインで短冊は近くのヒモにくくり付ける方式、笹の葉サーラサラと言う訳ではないのだ、少々風情に欠ける。
書いた短冊は後日近くの平塚八幡宮のお炊き上げで正式にお空のお星さまに届くと言う趣向である。
見物人の列に戻る、人いきれで蒸し暑い中シャッターを切っていると色々な人が通るのがファインダーに映る、ひと昔前なら混雑で歩くのがやっとの目抜き通りが祭りの規模縮小で今はフツーに歩ける、ペンギンが人間に戻ったと同時に七夕飾りも少なくなって来てしまった。
子供連れの父親もかつてはこの道をヨチヨチ歩いたのかも知れない、長い月日、七夕は世代を超えて受け継がれる。
しかし以前は3日間で300万人を超える人出があったと言う平塚の看板もペンキを塗り替える頃なのかも知れない。さっきから都はるみが全盛期に吹き込んだ「七夕おどり」の名調子が何度も歌われて歌詞まで覚えそうになった。
何でカメラを持って一緒に歌わなければならないのだ・・
歌を流すなら平塚出身のZARDの曲にすれば客層に合っていると思いますよ、宣伝したい気持ちわかるけど実行委員会はすこし考えた方が良い・・「また歌いそうになった」
好きなのかなあ。
2本の通りを写真を撮りながら2周してだんだん通りが群衆になって来たので路地の通りに入る、ここは飾りは少ない、その代わりのような「お化け屋敷」、中のスピーカーから聞こえる女の子の断末魔の絶叫が短冊を超えてお星さまに届いたような気がした。
大きな街の灯りは上を見上げる人々の思いも包み込んでいるようである。