ハイキングのついでに立ち寄るといい感じ。
東京から約二時間で別世界の元宿場町。
昭和の雰囲気が色濃く残っている。
■概要
秩父街道(ちちぶかいどう)は、江戸時代を中心に江戸(東京)と秩父(埼玉県秩父市)を結ぶ重要な街道の総称である。
複数のルートが存在した。
主に秩父往還(国道140号)や吾野通り(正丸峠越えの吾野経由ルート)などが代表的。
吾野宿は吾野通りの宿場町。
平安時代から山岳宗教の要所として利用された。
江戸時代に馬継ぎの宿(人馬の交代・休憩所)として発展。
現代は鉄道開通(西武秩父線吾野駅)で宿場機能は衰退している。
■感想
●まずは奥武蔵見晴休憩所(11:00からで、火曜日が定休日(不定休することもある))
吾野駅で下車、改札から出ると奥武蔵見晴休憩所に出くわす。
昭和レトロな雰囲気が漂う小さな食堂兼売店である。
吾野にはコンビニとスーパーはない。
吾野宿に行けばピザ屋とカフェはあるが距離がある。
すぐ食べられる軽食屋はここだけ。
肉うどん、肉そば、山菜うどんなどの麺類を中心に営業している。
登山客には下山後の軽食とビールなどが人気だ。
ソフトドリンク、お菓子類を販売している貴重な補給スポットである。
ハイキングのときに気に留めておくとよい。
●吾野弁財天様
吾野駅から吾野宿に向かう途中、吾野地区の高麗川に巨大な岩がある。
弁天島と呼ばれ、旗と弁天像を祀っている。
江戸時代、地元の材木屋を営んでいた都築家が水運の安全を祈願して祀ったのが始まりと言われている。
現在は住民・自治会が管理している。
川の水が少なければ川底に下りて旗の取り換えや弁天様の清掃なんかしてるらしい。
吾野地区を守る水の神様である。
●埼玉県景観重要建造物に指定されている
指定されている景観建築は四軒ある。
石田家、大河原家、浅見家、高山家である。
このうち石田家(洋風)と大河原家(ゲストハウス)は地区内でとても目立つのですぐわかる。
浅見家、高山家はTHE昭和の建築物で他と見分けにくい。
マップがないと分かりにくいので事前にチェックしておくことをおすすめする。
●現在の吾野宿
江戸時代〜昭和初期にかけては秩父街道の宿場町として賑わっていた。
現在は全体的に昭和の町並みである。
典型的な中山間地域の過疎化と高齢化の課題を抱えている。
住民約2000人に対して65歳以上は48.5%という高齢化率を叩き出している。
スーパーもコンビニもない。
個人経営の総合食品センターと鮮魚店、その他カフェレストランやピザ屋、商店が頑張っている。
実際に歩いてみると東京から約1時間でなんと別世界だと驚くだろう。
小中学生は全部で130人前後。
高校生になると飯能や所沢や川越あたりまで越境する。
地域の人たちは子供たちの防犯のために黄色のてるてる坊主「みてるん君」をつるしている。
事件事故不審人物から子供たちを守るため「いつでも逃げてこい」と意思表示をしている。
ここでは地縁が強いらしい(よそものすぐわかるのだろう)。
電車が稼働しているのが強み。
株主定期が半年で5万ぐらいでヤフオクで売られている。
池袋周辺の学校や職場に勤めているなら片道1時間半はなかなか強い。
空き家バンクでも中古一軒1000万以下、補助金もある。
100万200万の物件は今ばんばん売れてる。
売れ残ってるのは難ありか1000万こえる高い物件ばかりだ。
当座住めればいい感じの物件が売れてる。