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旧花輪小学校記念館の口コミ一覧

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場んでっとさんのクチコミ
2022年10月16日に投稿されました。
校長室の校長席から。運が良いので卒業生とお会いできた。
職員室
教室
廊下
現役な多目的室
学校の歴史展示
宿直室らしき最上階
童謡「兎と亀」の作詞家、石原和三郎氏の母校である。
下車駅のBGMは「兎と亀」。
母校の玄関でも兎と亀が出迎えている。
平成13年に閉校。


■概要
旧花輪小学校は、みどり市東町に所在する。

スタッフからお話をお伺いしたところ、
その昔に日本には無数の「東村(ひがしそん、あづまむら、あずまむら)」が存在したという。
ここは今はみどり市東町だが、旧名は東村。
新名をつけるときにどうしても名前を忘れらなかったという。
みどり市になっても東村の気持ちが消えない。
郷土愛が名前に残っている。

(なお、合併の際に新田郡と山田郡は名称消滅。
弱肉強食の結果、旧東村が勝ったようだ。

今は沖縄県の東村だけが唯一の東村だという。
他は東村から東町に生まれ変わったりしているそうだ。)


■感想

令和5年リニューアルオープンに向けて9月下旬からの臨時休館になる前に行ってきた。
土日しか営業してないので滑り込んでの見学は運が良かった。

旧東村には名士が二人いる。
一人は「兎と亀」作詞家、石原和三郎氏。
もう一人はJFEホールディングス創業者、今泉 嘉一郎氏である。

嘉一郎氏は研究者であり実業家であり政治家でもあった。
その莫大な財力でもって地元教育に投資、当時でも規格外の立派な小学校校舎を建てた。
(天井高い。木材は高価。木造二階建て洋風建築。
個人の財力で登録有形文化財を作ったのだ。
近くに嘉一郎氏の実家がある。校舎よりも質素である。)

和三郎氏は旧花輪小学校卒業生かつ校長経験者である。
本職は教師として、その傍らで作詞家として活躍。

両名の息吹が残る明治の洋風建築、これはみどり町の名所である。
人が作った歴史がある場所なのだ。


■今なお現役であるかのような建物

見学展示用として校長室をはじめ、職員室や各教室を解放している。
廊下も写真資料や新聞資料の展示会場になっている。
閉校から20年は経過しているがまだまだ現役。
しかし、それでもガタが大きくなる前にこまめなメンテナンスが必要。
2022年9月から修理に入る。

■校長室
天井近くに歴代校長の写真が飾ってある。
この中には和三郎氏もいる。
探してみるといいだろう。

■職員室
暖房器具完備。
群馬県の冬がいかに寒いかが思わされる囲い方式である。
窓は大きく、夏は涼しいだろうが冬は極寒が予感される。

■各教室
写真展示場だったり教室レプリカだったり旧駅の再現場に使われたり見どころも多い。

この日は偶然にも卒業生の人が遊びに来ていた。
質問したいことがあればどうぞ、というので学校は当時は桜だらけだったのかと尋ねたらそうだ、と回答。
それでは学校の団旗っぽいこの大きな花のマークも桜かと問うと「梅かも?」と頭をひねっていた。
卒業生が卒業したのは60年以上前。
その頃は桜が咲くよりも梅が本流ではなかったかと、と話が広がった。
回答分からず。
梅が咲いても桜が咲いても東村は美しかったことだろう。
※この観光スポットの感想クチコミは各投稿者が経験した体験を基にした個人的な意見であり、【たびかん編集部】のものではありません。
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