戦前の農園時代から数えると土地の所有者は一貫して地元の有志、磯野家である。
地主の努力がジョンソンタウンの存続を支えている。
調べると「磯野家すごいな?!」と思える。
■概要
元米軍住居地域跡地を再整備した住宅・商業混在のエリア。
敷地面積は約2万5千㎡(約7,500坪)。
米軍ハウス(約23棟)、「平成ハウス(疑似米軍ハウス)」(約35棟)など計約79棟の平屋中心の建物が立ち並ぶ。
約130〜140世帯・210人前後が現在進行形で生活している。
白い横張り板壁の三角屋根のアメリカン古民家風の景観が特徴。
アメリカ郊外風の飲食店・雑貨店・カフェなど約50店舗が混在する観光スポット。
西武池袋線入間市駅から徒歩約15〜18分。
あくまで住宅地のため、住民への配慮が必要。
■感想
●磯野家とジョンソンタウン
磯野家/株式会社磯野商会は、この土地の所有者・管理者であり、ジョンソンタウンの開発・維持の中心的存在である。
いわば、地域を代表する地方豪族。
初代・磯野義雄氏が1936年に広大な農園を取得し、磯野農園を開始。
義雄氏はやり手だったので土地と住宅の賃貸業も開始。
米軍ハウス建設などをしていた(当時は高級住宅街)。
戦後、基地返還後は「磯野住宅」として米軍ハウスの一般賃貸を続けたが、老朽化や借り手不在が続いて一帯の荒廃がすすむ(ほぼスラム化。半廃墟な街並みとなる)。
現社長・磯野達雄氏(義雄氏の三男)が事業を引き継いでから状況は一変する。
磯野スラムと揶揄される状況を払しょくするために立ち上がる。
「小さいころ憧れた米軍ハウスを壊すまい」「良い住宅地にしたい」という思いから、取り壊しではなく保全・再生の道を選ぶ。
達雄氏の息子の磯野章雄氏(常務)も参加し、家賃滞納問題(当時約2000万円規模)の解決や住民移転調整に奔走。
米軍ハウスの大規模リノベーションと平成ハウス(米軍ハウスの雰囲気を継承した現代的低層住宅)の建設を本格化。
米軍ハウス住人のMさんから「特徴は米軍ハウスなのにわかりにくい。ジョンソン基地にちなんで『ジョンソンタウン』などにすべき」と提案されて2009年に正式決定。
10年以上の歳月をかけて都市の再生を完了させた。
都市景観大賞(都市空間部門大賞・国土交通大臣賞)。
日本建築学会賞(業績)。
キッズデザイン賞優秀賞などを多数受賞している。
過去も未来も現在進行形で磯野家が深くかかわっている。
●観光
磯野家の家訓は「木を切るな」「土地を売るな」で、息子の章雄氏も引き継いでいるそうだ。
昔からの原形を保って街は残っている。
戦後の面影を求めて昔の住民が訪れたりするとのこと。
「静かなところですね」
現在進行形の住居区。
小奇麗なカフェやレストランが点在している。
しかし営業してない。
多くの飲食店や雑貨店は水曜日を定休日としている場合や、火・水曜日が休みになるケースがあるようでばらばら。
週末や夜間営業に集中してると思った方がいいみたい。
福生の商業地区が現在進行形でスラムみたいな荒廃した雰囲気を放ってるのと対照的にジョンソンタウンはちゃんと「タウン」している。
海のない埼玉県にヤシの木があったりどことなく海辺の家っぽくもある。
パンフレットもあるのでいただいた。
ジョンソンタウンが盛り上がるのはハロウィンやクリスマスなどのイベント時。
平時は住宅街と少しの商店と思った方がいいようだ。